Mr.Children DOME & STADIUM TOUR 2017 Thanksgiving25 の 感想Part2

2日間にわたってYouTubeで公開される予定のMr.ChildrenのライブDVD「Thanksgiving25」。2017年に行われた25周年ツアーの最終公演の模様をパッケージした映像だ。DVDは持っているのだが、せっかくの機会なのでリアルタイムで視聴することに。こういう映像についてレポを書くことは普段はないのだが、ライブを見ていたら書きたい気持ちが沸々と沸き上がってきたので、2日間の振り返りとして読んでいただけたら嬉しい。

 

 

 

後半戦の始まりは「1999年、夏、沖縄」。「NOT FOUND」のカップリングだった曲(余談だが公式がYouTubeに公開している「NOT FOUND」のライブMVは必見のかっこよさ)なのだが、

 

「僕らにとって大事な一曲」

 

と紹介され、ライブの折り返し地点に位置づけられた。一本の糸にしがみついている人々の流れが砂時計になるという風刺的な映像を終えると、

 

ノストラダムスの大予言があって、2000年になる前に世界が滅亡するという噂があった。で、92年にデビューした僕らは好きなことをして99年に世界が滅亡すればいいと考えていた」

 

と話す桜井。

 

しかし時代は2000年に突入。瞬く間に迎えた10周年の時もまた、素直じゃなかった彼らは今のお客さんなんかすぐにどこかへ行ってしまうだろうと思ってたという。

しかし、ミスチルは今もコンスタントにドームやスタジアムを埋める存在になっている。それは紛れもなくミスチル自身がポップスに、ロックに正面から対峙してきた結果だろうけど、未だにこんなにたくさんの人が集まってくれるのが幸せだと桜井は話した。満員の客席を眺めながらしみじみする田原と中川、微笑む鈴木。

 

「いつまでこんな風に楽しくできるのか考える機会が増えた。一つ一つの音を、フレーズを大切に奏でていきたい」

 

と決意を新たに(この話は後に「重力と呼吸」というアルバムのコンセプトにも繋がった)、タイアップ曲でありながらミスチル自身の決意表明の歌である「足音 ~Be Strong」へ続けていく。足音のように丁寧に刻ませていくサウンドに乗せて桜井は

 

「今という時代は言うほど悪くない」

 

と歌った。そう思われてくれるのはミスチルのおかげだ。

 

サッカーが趣味の桜井らしいフレーズも随所に見られる「ランニングハイ」では歌詞を視覚化した映像もさることながら、管楽器による演奏も実に素晴らしい。息も切らさず、声も揺らさずにステージを端から端まで走り回る桜井の体力も末恐ろしいのだが、そんな彼をさらに駆り立てるように田原のダークなギターが「ニシエヒガシエ」へ繋ぐと、横一直線に組まれたステージから火花が派手に打ち上げる。気づけばすっかり暗くなった開場に極彩色の照明が踊る様はもはや説明不要の貫禄。この曲もライブでは演奏される機会に恵まれた曲なのだが、披露される度に曲のクオリティも演出もブラッシュアップされていっている。これがMr.Childrenがモンスターバンドと呼ばれる所以だろう。

 

続いて無機質な打ち込みからエモーショナルな生音へ流れるように変身していく、個人的にミスチルの名曲の中でもトップクラスの名曲だと思っている「ポケット カスタネット」へ。レーザーが飛び交う様は音源からは全く想像できないし、バンドサウンドが合流してからの展開は何度聴いても鳥肌が立つ。ミスチルはライブで化ける曲がめちゃくちゃ多いのだが、この曲は特にその化け具合に驚かされる。

 

「この曲でみんなをコテンパンにやっつけたいと思います」

 

と宣言し、実際にコテンパンにしてみせた「himawari」は当時、リリースされたばかりの最新曲だった。しかしこのオールスター感あるセットリストの中においても遜色ない並びだし、むしろずっと昔から存在している曲であるかのようなベテラン感すら漂わせている。こういうベスト盤的なツアーにおいて新曲を披露すると浮きがちになるはずなのに、何故そうならないのか。

 

続いてポップなのに人間の闇も容赦なく抉っていく「掌」ではSUNNYとの掛け合いも披露。それにしてもSUNNYの歌声、桜井の声と相性が良すぎる。

 

「一つにならなくていいよ 認め会うことができればさ」

 

世界中がそうできたらいいのになあ。

 

「Printing」から「Dance Dance Dance」へ雪崩れ込んでいくと、いよいよライブも終盤。またしても大量の花火と火花が熊本の夜空に舞い上がると、

 

「悔やんだって後の祭り もう昨日に手を振ろう」

 

と未来を目指して突き進む「fanfare」で拍車をかけていく。この曲もそうなのだが、ミスチルは青臭さの表現が秀逸だなといつも感じる。それはやはり4人それぞれがいつまでもフレッシュな存在でいたい、と願いながら生きているからだろうか。

 

「明日へ羽ばたくために 過去から這い出すために」

 

大量の紙吹雪が舞う様子が、MVやこの曲が収録された「SUPERMARKET FANTASY」のジャケットを思い起こさせる「エソラ」がこのツアーの最後を担った。

まるで魔法のようなポップス。

ポップスというのは一歩間違えれば急激に安っぽくなってしまうという致命的な一面も持っているものだが、ミスチルの作るポップスは常にどっしりと地に足がついているような感触がある。だからこそミスチルはこんなに国民的に愛されるバンドになったのだろう。そんなことを考えさせられる一幕だった。

 

鳴り止まぬアンコールに呼応するように「overture」が流れ出すと、鈴木のカウントから始まったアンコール1曲目は「蘇生」。

 

「何度でも 何度でも 君は生まれ変わっていける」

 

という言葉にやたらと説得力があるのは、この会場が熊本であったということも大きいだろう。このライブDVDがYouTubeで放送された時期は、熊本地震から4年が経った時期と近かった。実際のライブは震災から1年半が経った頃合いでの開催だったが、こんなにも映像に収められている人々は輝いている。みんな諦めずに生きていたからこそ、この曲のメッセージがさらに巨大なものになっていることは言うまでもないだろう。

 

「今日はたくさん過去の曲をやってきたけど、最後にやる曲は、過去じゃなくてただただ未来だけを見据えて、熊本の夜空に響かせたい」

 

と最後のMCで言い切った後に、本当のラストとして選ばれたのは「終わりなき旅」。豪華な照明も映像もなし、映るのはただリアルな4人とSUNNYの演奏する姿。スタジアムでのライブなのに、最後のサビまでスクリーンにも写されなかったメンバー。

 

この1曲が全てを物語っていた。このライブは単なるエンターテイメントではなく、単なるミスチル愛する人々への手向けでもなく、ただただMr.Childrenという生命体の生き様を鮮明に写したドキュメンタリーだった。我々は彼らの生き様に、勝手に憧れを抱いたり、勝手に自分を投影したり、勝手に現実を忘れて心酔したりするのだけど、その本質は究極的なドキュメンタリー性だったのだ。

 

「嫌なことばかりではないさ さあ次の扉をノックしよう」

 

Mr.Childrenは25年目のライブを終えて、また終わりなき旅へと歩み出した。もっと大きなはずの自分を探して、新しい地平線の先へ歩み出した。

 

またどこかで会えるといいな。

 

Mr.Children、ありがとう。