蒼山幸子presentsはじめのひととき @梅田Shangri-La 2019/11/18

今年7月のラストツアーをもって活動に幕を下ろしたねごと。解散後、メンバーはそれぞれ別の道へ歩み始め、そのフロントマンである蒼山幸子もまた、ラストライブから間もなくソロでの活動を始めることをアナウンス。まずは先週の東京に続き、今日の大阪でのツアーを発表していた。
ねごと時代から弾き語りでイベントに出演したりすることは何度かあったが、本格的なソロでのワンマンは東京に続いて初めて。さらに今回はバンド編成だ。
ねごとは4人が大学生だった頃からずっと追いかけてきている。「5」をリリースして何とか4人とも大学を卒業できたこと、5周年ワンマンをスペシャの生中継で最初から最後までぶっ通しで見続けたこと、「アシンメトリ E.P.」からエレクトロという新しい武器を鮮やかに操り始めたこと…思い返せばたくさんの思い出がある。だからこそ解散は寂しかった。けれどこうして歌うたいを続けてくれていることが本当に嬉しい。

梅田Shangri-Laは2つのシャンデリラがフロアを彩る独特なライブハウスなのだが、開演時間を迎え、そんなシャンデリラが幻想的な青色に照らされる中でサポートメンバーに続いて蒼山が登場。さっそくキーボードの前に腰かけると、このツアーの会場限定で販売しているソロ初の音源「まぼろし」の表題曲でもある「まぼろし」からスタート。

「雨の音で目が覚めた」

という言葉から始まる曲だが、この日の大阪は雨予報。まさにこの曲にぴったりなシチュエーションの中に、蒼山の神秘的な歌声が響く。その瞬間に、これは「ねごとの蒼山幸子」の歌ではなく「蒼山幸子」としての歌なのだと気づかされた。知っているようで知らない、懐かしいようで新しい感覚。そんな事実を肯定することも否定することもなく、バンドの音が合流してくる。もちろん演奏しているのは沙田瑞紀でもなく、藤咲佑でもなく、澤村小夜子でもない(余談だがこの日は瑞紀も梅田の別のライブハウスでライブしてた)。

続いて蒼山はキーボードの音を打ち込みに任せ、ハンドマイクになって「バニラ」へ。初期のねごとを思わせるアップテンポかつストレートな楽曲だし、ドラムのフレーズの断片からもねごとの面影が漂うのだが、やっぱりねごと時代とは空気が違う。蒼山幸子の曲だ。

「東京はみんな見守ってくれてる感じがして、それはそれで初めてって感じでよかったけど、大阪はノリがいいですね!」

と蒼山は話していたが、バンドの演奏はやはりまだまだ様子見という感じが強い。しかしそういうのも含めて、ここから新しい道を始めていく、という前向きな気持ちを4人から感じとることができた。

「戦う女子のための歌」

と紹介されて始まったのは「ミューズ」。そういえばねごとの頃はこういうフェミニンな曲はほとんどやってなかったよなあと思い出す。この曲を今回音源にしたということは、ねごととは違ったことをやっていくという意思表示の現れだろか。ねごとの頃と同じく、今日のライブも男性の占める割合が圧倒的に多かったのだが、こういう曲を機に女性のお客さんも増えてほしいものである。

「出番前に4人で難波のパンケーキを食べに行った」

と前置きされて紹介されたバックのスイーツ男子達。ここで初めて気が付いたのだが、ギターを担当しているのはシナリオアートのハヤシコウスケ。こんなにモサい雰囲気の人だっただろうか。ギターだけでなくPCも操り、今回のEPにもディレクションとして参加していたりと、蒼山のソロワークの片腕的存在である。ベースは北原裕司。蒼山からは

「スタジオとかでフレーズを褒めると恥ずかしくなって弾かなくなったりする、扱いの難しい人」

と紹介されていたが、「キー坊」とも呼ばれる彼の穏やかな人間性はこの4人の空気によく合っているし、ベースの腕前は確かだ。ドラムの岡田夏樹はドラマーらしく包容力のある雰囲気ながら、今日のライブでシャツを着るために9キロも痩せたというストイックさを併せ持っており、チームから信頼されている感じが伝わってきた。
やっぱり元々バンドをやっていた人がソロに転向したりすると、元のバンドのメンバーでこの曲をやったらどうなるんだろう、と無理のある想像をしてしまいがちだ。でも蒼山自身が選んだ3人だから、自分やファンにできることはこれからも温かく見守っていくことだろう。

続いてEPには未収録の新曲「夏の南極」が届けられる。タイトル通り夏の曲なのに、涼しいを通り越して凍てついているような雰囲気は、やっぱりこの人が作る曲はどこか陰りがあって、どうも明るくはならないことがよくわかる。
ここでバンドメンバーがいったん退場し、ステージに蒼山が一人きりになると、弾き語りのゾーンへ。イントロから拍手が起こったのはねごと時代の「ふわりのこと」だ。ソロで活動する前から弾き語りライブでもやっていた曲だが、やっぱり聴く度にいい曲だなあ、と思うし、これからもねごとの曲も歌い続けてほしいなあ、とも思うものだ。
次の「水中都市」もねごと時代の楽曲。オリジナル音源はまさに海の底に沈んでいくようなディープなサウンドが没入感を生み出していたが、そのような感覚がシンプルな弾き語りになっても残っていたことに驚いた。ファルセットを多用する蒼山の歌が持つ表現力の高さはやはり折り紙付きだ。

再びバンドメンバーが合流し、タイトル未発表の新曲では

「後ろ指さされても 信じられる光の方へ進むの」

と力強いフレーズが響く。こういう力強さも含めて、彼女の歌や佇まいは可愛い、とか美しい、というよりは、凛とした、という形容詞(形容動詞?)の方がよく似合うし、何者も汚すことのできない清廉さを湛えている。次の「鳥と糸」もそんな感じのナンバーだ。
「silence of light」を経て、MCではねごとのラストツアーからそれほど時間をかけることなく大阪に戻ってこれたことを喜びつつ、

「ソロでやっていこうというのは決めてたけど、具体的にどんな活動をするのか何も考えてなかった。今回のEPも、ねごとらしさとか蒼山幸子らしさというよりは、いま作りたいものを作った感じです」

と初めての音源について語った。10年以上続いたバンドに幕を下ろし、再びナチュラルな心に戻った彼女はこれからどんな歌を紡いでいくのだろうか。でも今日集まった人たちならば、「ねごとらしさ」とか「蒼山幸子らしさ」をわざわざ求めなくとも、彼女が歌えば唯一無二の楽曲が生まれる、ということを知っているのではなかろうか。

「ベイビー 僕は明日がこわい」

とラストの「セブンスヘブン」ではそんな彼女の抱える不安が歌われているが、今の彼女はどうなのだろう。まだ東京と大阪でしかワンマンをしていないし、まだまだワンマンをやるには曲数が少なすぎるけれど、こうして平日の夜にたくさんの人が集まってくれた。きっと一人一人の存在が彼女にとっての勇気になったのではないだろうか。我々の夜が彼女の作った曲によって、優しい夜になっていったように。

もう既にEPの収録曲は全部やっていたし、正直アンコールはないだろうと勝手に思っていたが、4人は物販のTシャツに着替えて再登場。EPには未収録の「スロウナイト」を最後に披露した。ここまで聴いてきた彼女のソロ楽曲の中でも、最もねごとの延長線上に近い曲だったし、やっぱり彼女には夜が似合うなあ、とも感じた。

最近に集中した話ではないが、やはりバンドもアーティストも生物であるので、いつ活動が止まるのかわからない。ねごともまた、「SOAK」という成熟しきったアルバムをリリースし、これからどんどん深化していくのだろう、といった矢先での解散となってしまった。その度に永遠はないのだと思い知らされるし、だからこそ今の瞬間が美しい、ということを同時に思い知らされる。
でもこうして、形は変われど歌を歌い続けてくれることが本当に嬉しいし、やはり彼女の歌は他の誰にも替えの効かない存在であるということを、自分だけでなくたくさんの人が知っている。だからこれからも歌を歌い続けてほしいし、いつだって彼女が歌えば、今夜は優しい夜になってゆくのだ。